「うるさい!静かにしろ!」


YKPAKU7073_TP_V.jpg



40度の熱を出しても出勤しなければいけなくなった日に
僕が上司から言われた言葉です。


鼻水がズルズルで頭がフラフラして死にそうな時に
それでも出勤しろと上司に言われ、出てきたものの鼻をかむのが
止められませんでした。


そして「うるさい」です。



今では夢を追っていますが、毎日毎日夢も希望もなく
その日の食いぶちを稼ぐためだけに働くというのが僕の日常でした。




社畜です。




ところで、僕が映画監督になりたいという夢は大学の時に持ったものです。


でも、大抵の場合大学に入学した時点で
その進路というものは決まってしまいますよね?


僕も例に漏れず、入学した大学はIT系でしたので
映画監督になりたいと思っても難しかったんです。



大学ではプログラミングが難しくて挫折し、
就職相談では「現実を見ろ」とか「ITの営業職ならいける」と言われ、
そのまま誰でも出来るような営業職に就職しました。


やりたいことがあったからここに就職したのではなく、
「それしかなかった」だけです。




正社員ですし、ボーナスは月に二回ありますし、
成績によっては特別報酬も出ます。


僕は「がんばれば結構稼げそうだなw」みたいな
気持ちでいました。




そして僕の社畜生活が始まったのです。



朝6時起床、朝8時までに会社に行かなければいけない上に、
新入社員は早朝の掃除がその前にあります。


朝ごはんを取る時間がある日もあれば寝坊して食べれない日もあります。
そういう時は会社近くのコンビニで100円のおにぎりを食べました。


いつも塩おにぎりでしたが、セ◯ンイレブンの
おにぎり100円キャンペーンがあると
焼きたらことか食べていましたね。


急いで腹に詰め込みながら出社して
上司や先輩の机をふきんで綺麗にします。


そして朝8時には上司の朝礼があります。
社訓は入社前に覚えさせられ、毎日暗唱しました。



それが終わって朝の仕事の整理をしていると
上司に呼び出されて他の社員の前でミスを
叱られることも日常茶飯事です。



営業に出かけると高圧的な取引先が待っています。
先輩がリードしてくれましたが、明らかに無茶なスケジュールの
案件を受けようとしていて、


僕は「それでは間に合わないと思います」と意見をすると、


「誰がお前に聞いたんだよ」
「できる、できないじゃないんだよ。やるんだよ!」


と一蹴されました。



社会ってそんなもんかと思っていた僕は、先輩の方法を参考にして、
やがて少しずつですが仕事に慣れてきました。


しかし、そのタイミングで一緒に取引をやってくれていた先輩が辞めました。


158-free-peoples.png


「転職かな?」と思っていたら、どうやら鬱だったという噂です。
ふと気づけば一緒に入社した同期も何人か辞めていました。



この辺りから「何か変だ」と思い始めたんです。




そしてそれはエスカレートしていきました。



8月にボーナスが出るとのことでしたが、
会社の都合でキャンセルに。



話を聞けば「ボーナスはここ何年も出たことがないから諦めてる」
と言われ、どんどん疑念が膨らんできます。


そしてボーナスが出なかったことを期に、会社の各部署から
かなりの同期が辞めたか転職していきました。



僕は転職するようなスキルもなかったので残りましたが、
人手不足で祝日がないのは当たり前、土日も仕事が入るようになり、
毎日会社に行って朝早くから夜遅くまで働かなければならない状況が続きます。



職場の雰囲気が悪くなり、怒鳴り声も頻繁に聞こえてきました。


まだ入社一年目ですので、わからないことも多く
上司や先輩に聞いたら「そのくらい自分で調べろ!」と言われ、


自分で調べていたら「早くしろ!」と怒鳴られて
提出したらミスだらけで「お前は“ホウレンソウ”もできないのか!」
と八方塞がりで怒鳴られるしかない状況でした。



お給料も平均程度で、それ以外は「怒られるために会社に行く」
ようなものです。



簡易プロフェールでも書きましたが、


お給料=我慢料


だったんです。



僕はその時「父親はこれに我慢して僕を育ててくれたんだから僕も頑張らなきゃ」
みたいな気持ちで会社に残っていました。



ただ身体は耐えられなかったようです。


その年が終わるくらいにギリギリと内臓が痛むようになりました。


内臓の異常はすぐに便通に現れて、下品な話で恐縮ですが、
慢性的な下痢になってしまったんです。



食べ物を食べても消化されず、トイレに頻繁にいかなければならなくなりました。



上司や同僚からは「お前トイレに行ってサボってんじゃないだろうな?」と
疑念を向けられ、僕は「(誰のせいでこうなってんだよ!」と思いつつも
口には出しませんでしたけど^^;



そしてそんな僕を見かねたのか上司が社内で
一番営業成績が優秀な先輩を僕に割り当てました。


この会社の“優秀な先輩”と聞いて嫌な予感しかしませんでした。
そして予想通り、そこからが更なる地獄の始まりだったのです^^;



ブラック企業の”優秀な先輩”に指導してもらって3キロやせました!




anger-1300528_640.png


僕が下痢でトイレが近くなっていたので、
外回り中も頻繁にトイレにいかなければいけませんでした。


ただそうなると当然仕事に遅れが出るわけで、夜12時になっても終わらず、
一人で会社に泊まって仕事を終わらせたこともあります。


先輩は「お前のせいで俺まで残業したくない。
死んでも明日までに終わらせろ」と言い残して
自分の仕事も押し付けてとっとと帰っていました^^;



そうしたストレスを抱えたまま過ごしていたら
3日間で体重が3キロ落ちました。




そんな日が続いた後、上司からの一言が決め手になります。


「お前生産性無いんだから、残業する前にタイムカード切れよ?」


それまでは残業代が少額ながら出ていたので努力は給料に反映されていました。


ですが、これからはサービス残業になり、
働いても意味がなくなってしまうことになります。



僕は思いました。



なぜ命を削って無償で尊敬もできない
人達のために頑張っているのか?



この仕事を続けていても将来はあるのか?


自分のやりたいことってなんだったんだろうか?
自分の人生ってなんなんだろうか?




今まで盲目的に従っていた会社生活に明確な
疑問を抱いたときで、


このあたりで僕は「もう限界だ」と思い、
会社を辞める決意をしたのです。


何をするかは決まっていませんでしたが、
とにかくこの環境から一刻も早く逃げ出したい、
その一心でした。


当時は何をしたら良いのかわからないような
そんな状態でしたが、後のことは考えませんでした。



1年ちょっと勤務した後、僕は辞表を提出しました。



実家に戻ってからと言うもの、何をするかわからない状態でしたが
アルバイトをしても未来がないことを理解していたので、


何か割のいい仕事は無いかネットをあさる日々。


やがて目に飛び込んできたのは「メール一通で100万円稼ぎました!」
という内容のセールスレターでした。


マイケルの初めてのネットビジネス




怪しいな~と思いつつ、調べていくと
ネットでお金を稼げるということに気付いて
いろいろな案件を調べ始めたんですね。



Youtube、転売、ブログアフィリ、情報商材アフィリ、PPCアフィリ、
投資、FX・・・・・


その中に高額塾も多数存在しましたが、高額塾に30万円も
払いたくなかったので選択肢に入れませんでした。


そこで僕が目をつけたのは「情報商材」です。


情報商材はいわば電子書籍です。


それも何らかの有益な情報を書籍にして
販売しているそういう商品です。


価格も比較的安いもので一万円以下、高くても3~5万円以内になっています。


高額塾に入るお金のなかった僕は遥かに安価でノウハウも
しっかりしてそうな情報商材を実践することにしました。


僕の周りにはネットビジネスで稼いでいる人はいなかったので、
「2~3万ならいいか」という気持ちでしたけどね^^;




いろいろなものがありましたが。結果が出やすいということで
ヤフオクで転売をやることになります。


仕入れ資金は貯金とバイトを併用してやっていましたが、
不用品と合わせて3万程度稼ぎ出すことに成功したんです。



この時は嬉しくて、嬉しくて飛び上がりそうでした^^

092-free-peoples.png


手応えを感じてこのまま続けていけばちゃんと
お金が入ってくると実感できたからです。


その後も継続して転売で1~2万くらい稼ぐことが出来るようになりました。


これが僕が情報商材を実践して初めて稼いだ経験です^^



ただ僕はこのヤフオク転売で稼いだお金を全て失うことになります。
それどころか社畜時代以下の生活に落とされることになるのです。




次回:マイケルが脱社畜して映画監督になるまでのストーリー その3




前の記事はこちらになります。

マイケルが脱社畜して映画監督になるまでのストーリー その1